2004-12-23

近況

社交辞令とはたとえば, あなたが美しいと私の同僚はみな噂している, と讃えること. あなたは美しいと囁くのは違う. 社交辞令とはたとえば, 先日のパーティーであなたに会えなくて寂しかった, と嘆き悲しむこと. 先日のパーティーで話していた男が誰かと勘繰るのは違う.社交辞令とはたとえば, 私達に分数の除算についての直感的な解説を求めること. ペアノやデデキントについて反証困難な逆説を提出するのは違う. 実数がアンダーフロウする国に住む私達は, 亀に追いつけないアキレスの神話を信じているのだから. 信じているから.

最近読んだ本 : つきあい方の科学

囚人のジレンマを中心としたゲーム理論周辺の話. "将来の重み" が十分に大きいとき; つまり, 長くつきあう(であろう)という条件下では "しっぺ返し戦略" が最強だと説く. (逆に言えば一回きりのゲームでは他の戦略が有効ということになる. そのへんは "The Economics Of Fair Play" (PDF) に詳しい.) 実際に "しっぺ返し戦略" のもと安定な状態があらわれた例として, 第一次大戦中にイギリス軍でおきた話が紹介されている. 前線で向かいあう兵士たちが泥仕合を避けるために上官の目を盗んで手を抜くという話. そういうのってあるよな...

後半では "効果的な選択" と題して以下のような "つきあい方" へのアドバイスがあげられている:

  1. 目先の相手を羨まないこと
  2. 自分の方から先に裏切らないこと
  3. 相手の出方が強調であれ裏切りであれ, その通り相手にお返しすること
  4. 策に溺れないこと

世の中はゼロサムゲームではないのだから, 相手を羨んでも仕方ない (1). そんな中で長くつきあうためにはどんな奇策より優れた戦略があるのだから (4), その戦略; "しっぺ返し" を採用しなさいね, (2,3) というわけ.

裏切りの蜜は薫高く苦い

実際の私は私でない誰かを羨しいと思うし, 裏切りによって信頼を失っているし, そのくせ報復なんて恐くてできないし, 策を弄して自滅することもよくある. とはいえそれは私が不合理なわけではなく, しっぺ返しの成立を決定づける変数: 協調の報酬 R, 裏切りへの誘惑 T, 裏切りあう懲罰 P, 未来係数 w, の見積りを誤っているだけのことだろう. 協調を信じられず未来もないから, 関係の破綻を甘くみて裏切りの誘いにふらつく. そしていつも選択を悔いる. ふと漱石の "先生" を思いうかべる. 誘惑と恐怖に挫ける男の, 後姿を思いうかべる.