2004-09-08

近況

スマートであるとは, たとえば.

同僚が引越していた. どうしたの, どこへ. 猫を飼いたくて, 中央線のむこうへ. 猫を飼いたいのはあなたなのかと問うのはやめておいた, というのは嘘.

スマートであるとは, たとえば猫のために引越すことだ. そう学ぶ.

最近読んだ本

逃げるように読んでいる.

ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹 (ジェフリー ユージェニデス)

ぼくらは彼女たちのことを何一つ見抜くことができなかったが, 彼女たちはぼくらのことを何でも知っていたのだ. 姉妹は見た目は少女でも, まぎれもない女で, 愛のみならず死さえも理解していたのだということを, ぼくらはようやく悟った. ぼくらの役割は, 彼女たちの心を引きそうな物音を立てることでしかなかったのだ.

抜群. 何かが失われていく様を美しく描くことができたら, それに敵うものはない. 映画も見たい.

ところで私がアメリカ文学を読んでいていつも決定的に困るのは, 70 年代ロックの知識がないこと. 訳者の偏りもあって, これがあるとないとではだいぶ楽しめ方が違うのだろうと思う. ロック・ピープル101 を読んで勉強しようかとも思うけれど, 本末転倒な気はする. なによりロックが苦手で興味を持てないのがつらい...

レ・コスミコミケ (イタロ・カルヴィーノ)

わしはただ地球に戻ることだけに思い焦れ, その地球をもはや失ってしまったのではないかという不安に戦いていた. 恋の夢の成就は, 二人が抱き合いながら地球と月の間を空転していた, わずかそのあいだ続いただけだった. 地上の基盤を奪われた今, わしの恋心はその失ったものに狂おしい郷愁をおぼえるばかりなのだ -- すなわし一つの "そこ", 一つの "周囲", 一つの "以前", 一つの "これから" に.

Qfwfq という正体不明の語り部による連作 ほら話 SF, またはホラ話というよりメタ SF という趣だが, ラファティーとは違う. あくまでカルヴィーノ風味. 土の匂いと陰影の濃さは変わらない.

愛する人を離れゆく月に置き去る "月への距離", 溢れる色に飲まれ, 色の無い, 変化の無い時代, そこに残る恋人を失う "無色の時代", 同様のテーマの "水に生きる父", 逆にとりのこされた孤独を描く "恐竜族". 通底する喪失感にひきこまれ, 新しい時代への期待と戸惑いに後込みする.

余白の愛 (小川 洋子)

毛布にくるまったままそういうお菓子を食べている時, いつも切ないようなもの淋しいような気分になった. 今までにわたしが犯したあらゆる種類の間違いや失敗よりも, ここでこうしてチョコチップクッキーを食べることの方が, ずっと深く自分を傷つけている気がした.

評判のよい "博士の愛した数式" に進むまえに読んでおこうかなと着手. 耳の聞こえなくなった主人公と, その言葉をかきとる速記者の話. 静かでいい. あまり構えない平素な雰囲気がある.

わたしは目の前に並ぶ言葉の姿を, できるだけありのまま受け入れようと努力した. それはどれも優しさに満ちていた. 離婚しようとする妻に捧げられる, 最良の優しさだった. なのに私の気持は, どこまでも冷えていくばかりだった. 折り目正しいサインペンの文字たちは, 心の底に降り積もり, 凍りついていった.

それは, すべてがあらかじめ用意された言葉だからだ, とわたしは思った. あらかじめ下書きされ, 整理され, そして清書されたものだからだ.

スケッチブックに別れの言葉を用意した夫は病室の主人公にそれを示す. この夫のような男に自分はきっとなるだろうと思い, 気が滅入った.

寡黙な死骸, みだらな弔い (小川 洋子)

短編集. 上とつづきで読む. この短編は雰囲気に頼りすぎて安直な印象. 途中で飽きて放棄.

フェルマータ (ニコルソン・ベイカー)

"あれを聞いてわかったんだけど, あなたにとっての天国は, いつでもウォークマンの 'play' ボタンを押して, 好きなだけ女の服を脱がしておっぱいを揉めるってことなのよ. そうでしょ?"

"別に天国ってわけでもないけど" 僕はやや言葉を濁した. じつはその前日に, レッドラインの車内で, ブラウスのよく似合う, 'リリー・オブ・フランス" の 32b カップの黄色のブラをした女性をちょっと裸にしてみたばかりだったので, 頭ごなしに否定しきれないものがあった.

時間をとめられる主人公がエロの限りをつくす話. しかもハッピーエンド. ファンタジーにしても信じがたい. こんなのが白水 U ブックスに入っている衝撃. フェミニストの避難に遭うのは当然といえば当然の内容だが, 男のアホさ加減を暴いた功績ということで笑って許してもいい気はする. まったくのにアホ話で相当に脱力.

猫はなぜ絞首台に登ったか (東 ゆみこ)

興味をひくタイトルとは裏腹になぜかとてもつまらなかった. 記述がやたらと教科書風で退屈. つまらない教養科目の講義を連想する. 活字にも芸があるということを思いだすにはよい.

陰翳礼讃 (谷崎 潤一郎)

事実, "闇"を条件に入れなければ漆器の美しさは考えられないと云っていい. 今日では白漆と言うようなものも出来たけれども, 昔からある漆器の肌は, 黒か, 茶か, 赤であって, それは幾重もの "闇" が蓄積した色であり, 周囲を包む暗闇の中から必然的に生れ出たもののように思える.

なんとなく.

肌, もや, 光, 反射などについての蘊蓄は楽しい. 間接照明の導入を決意. シェーダー書きの人の感想を聞きたい. 薄暗さに関する主張を別アプリケーションに応用したエッセイ "恋愛及び色情" では, 東洋のエロは触覚主体, 西洋のエロは視覚主体, というような話になる. わかるようなわからないような.

上司は思いつきでものを言う (橋本 治)

後輩に "上司はアホなのであまり期待しないように" (上司は私) と諭すべく渡そうと計画していたが, 読んでみるとそういう毒抜き系の話ではなかった. 忘れさられ, 無意識のうちに形骸化した日本の儒教文化のせいで会社というのはしょうもなくなるのです, という話. 上司が思いつきでものをいうのは構造的な問題だという主張なので, やや言訳苦しい. 後輩に渡すのは保留.

街場の現代思想 (内田 樹)

金持ちの子は金持ちコミュニティで閉じていき, 持たざるものはずっとのままという文化資本の壁の話は最近特に身につまされる機会が多い. が, それを言訳に無気力状態に落ち込む危険はなんとかして回避せねばと思う. 内田樹は色々と言を弄してフォローするが, 基本的にはなんとも救いのない話. 説得力があるだけに辛い.